未来の創造力をふくらませる『マンガミライハッカソン』インプットトーク
プロジェクト
2020.02.10
◉マンガミライハッカソン 開催レポートはこちら
あなたが「新たな人間性・未来社会・未来都市」をテーマにした漫画を描くとしたら、どんなストーリーを紡ぎますか? SF主体の漫画は数あれど、いざ自分がとなるとなかなかまとまらないかもしれません。そんな難題に、会ったばかりのメンバーでチームを組んで取り組む『マンガミライハッカソン』。
参加者からのこのイベントに期待する声として、「自分の持たない知識や意見に興味がある」「自分では思いつかないような企画と出会いたい」「共同作業でいろいろなことを吸収したい」などが挙がっていました。いつもと違う環境で、新しい刺激を存分に受けて自分ひとりではできなかったであろう作品を生み出したいという気持ちに応えるため、『マンガミライハッカソン』ではプログラムの序盤に様々な分野の専門家によるインプットトークを用意しました。バラエティ豊かな話し手は次の通り。
デジタルハリウッド大学大学院教授 荻野 健一さん
日本デジタルゲーム学会理事 三宅 陽一郎さん
武蔵大学社会学部教授、HITE-Media 庄司 昌彦さん
アーティスト、デザイナー、東京大学 特任研究員 長谷川 愛さん
デジタルハリウッド大学教授 福岡 俊弘さん
株式会社ホオバル取締役、株式会社Holoeyes取締役兼CSO 新城 健一さん
今回はトークの内容をグラフィックレコーダーの清水 淳子さんに随時まとめていってもらい、トーク後に参加者がレコーディング内容から創作の鍵になりそうな部分を拾えるようにしていますので、本記事でも簡単に追体験していただければと思います。それでは早速、トークをまとめてお届けします。
トップバッターはデジタルハリウッド大学大学院 教授であり、メディアコミュニケーションを専門にする荻野 健一さんから。日本の伝統芸能から、見立ての仕立て(方法)について話してくださいました。
能や狂言、神話や万葉歌謡などの日本文化を分析していくと、創作物のストーリーには、読み手の感情や思考の流れをスムーズにするための接着剤が必要と話す荻野さん。荻野さんが発想のキーワードとして挙げたのは「おもかげ」と「うつろい」。“心に思い浮かべる顔や姿”といった感覚である「おもかげ」をまとわせ、主人公や脇役をつくり、それらのキャラクターの心理や行動が外的要因によって変化することを「うつろい」と呼びます。これらは日本独特の表現であり、古来より能楽や詩歌などのストーリー創作の基盤となってきた思考です。
そして、ストーリーの接着剤としてつかえるアイデアとして以下のスライドを紹介。
・「あわせ」…日本文化の習合。異文化を習合させ、新しい文化へと変容させる 異質な価値観を重ねることで、新しい価値観の創出を行うこと。
・「かさね」…物事を重ねること。過去の経験や体験を今の状況に重ねて表現すること。衣服を重ねて着る衣と裏の配色。
・「やつし」…身をやつす。落ちぶれるという言葉だが、本当の自分を見せずに身分を隠して行動することを指し、別世界の住民だと思っていた人たちも同じ人間であるとして庶民から共感を得ることができる。江戸時代の水戸藩主・徳川光圀が身分を隠して世直しを行う『水戸黄門』などが例
・「みたて」…いま見えている景色を別のもの・景色に見立てること
などの視点を参加者に伝授した後、「科学」を何に見立てるかが、今回重要なのではと語りかけました。
続いては、ゲームAI開発の第一人者であり、日本デジタルゲーム学会理事を務める三宅 陽一郎さんの話へ。
「感覚をつくって、認識をつくって、意思決定をつくって、身体を動かすようになってはじめて人工知能と呼べるものになります。すなわち、人間の成長過程と同じようにできているんです」と、早速SFストーリーの題材のような話からスタートする三宅さん。
「街全体を制御するスマートシティなどが現実化している昨今、人工知能は人間を見守る都市そのものとなっていきます。これまでゲーム空間で起こっていたことが、ドローンやセンシング、ロボットなどハード側の技術発達によって現実なってきました。これまではハードウェアを実装してからその入れ物としての人工知能を開発する流れが主でしたが、いまは逆で、バーチャル環境でシミュレーションしてからハードウェアをつくるようになっています。この延長として、現実空間とバーチャル空間を同期する“ミラーワールド”という考え方もあります」
さらには、過去のSF作品でいかに「機械に宿る知性」が描かれてきたか、その変遷を独自に調べていた三宅さん(200ページにわたる膨大な資料をお持ちでした)。時代の流れによってもトレンドがあり、『鉄腕アトム』や『銀河鉄道999』など戦後〜1980年代ごろまでは機械やロボットが物語の主役、または物語を動かす特別装置だったものが、1990年代に入ると『新世紀エヴァンゲリオン』、『戦闘妖精・雪風』などでは「乗り越えるべき敵」として登場するようになるなど、機械と人の関係性に着目した切り口を紹介してくださいました。また、人工知能にまつわる作品に共通する項目として、「人工知能を描くことは、相対的に人間の限界やあり方を見直す」という作用についても話してくれました。
三宅さんはこの日のトーク資料はもちろん、これだけで何本も漫画が描けそうなくらい、ネタの宝庫である資料の数々をSlideshareにて公開してくださっています。
DAY1を締めくくるのは武蔵大学社会学部教授でHITE-Mediaメンバーである庄司 昌彦さん。情報社会について研究をしている庄司さんは、データと社会というテーマに付随して、いくつかキーワードを持ってきてくれました。
まず挙がったのは「監視の進化」。日本国内でも、歌舞伎町に監視カメラをつけると話が上がった際は大きく反対の声が上がったものの、2000年代はじめには治安に対する不安から逆に設置を求める声が大きくなり、転換期となりました。今では行政や店舗なども監視カメラを積極的に設置するようになり、導入コストが安くなることでまた広がり、社会全体のセキュリティ意識が上がるようになります。
では、カメラに収められた映像は誰がどう監視しているのでしょうか? その気づきから、例えば「中央集権的に社会のあらゆることを監視する“知性”が存在し、その陰謀と戦う」というストーリーも想像できます。また、犯罪が予測できるサービスは、既に世界中で導入が始まっており、映画『マイノリティ・リポート』のような世界は、もう既に現在進行形で起こっていることと言えるのです。
次に例に挙がったのは、グーグルの親会社であるアルファベット傘下のSidewalk Labsが、カナダのトロントで進めているスマートシティプロジェクト『IDEA』について。
街中のあらゆるデータを取得し、調整することで、渋滞もなく、騒音もない生活を送れるというサービスですが、住民からのプライバシーに対する疑念、反対も多いのが実情です。情報を保護すると言っても、存在し蓄積されていくデータとの上手な付き合い方を考える必要があります。
その他、中国が行っている施策として、無現金社会を支えるインフラであるレシートを政府がその場で即座に把握できる「発票」や、人に信用スコアをつける「芝麻信用」を紹介。便利ではあるが、信用スコアを信用できるのか? 人に点数がついて気持ち悪くないのか、などの懸念も残ります。
データにまつわる最新事情について、国内外のさまざまな事例を絡めて話してくれた庄司さん。技術的的には実装可能だとしても、社会がそれを求めるのか、倫理的に許されるのかといった問いは物語のヒントになるかもしれません。
DAY1から思考のきっかけがあちこちに散りばめられた話がボリュームたっぷりで展開されたインプットトーク。この日挙がったキーワードがまとまったグラフィックレコーディングはこちら。DAY2までの宿題である、漫画のアイデア案とどう絡み合ってくるのかが楽しみなDAY1のトークとなりました。
ハッカソンはDAY2へ。この日のインプットトークの口火を切ってくれたのは、先端テクノロジー、特に生殖に関する技術を作品に取り入れてきたアーティストの長谷川 愛さん。バイオアートやスペキュラティブ・デザイン、デザイン・フィクションなどの手法と自身の作品の関係をお話してくれました。
実在する同性カップルの一部の遺伝情報からシミュレーションされた子供の顔や性質を予測し、合成した「家族写真」を制作するプロジェクト、《(不)可能な子供 01: アサコとモリガの場合》。現在ではまだ“不可能”とされる同性カップルの子作りだが、遺伝子データ上での推測ならば可能なことに着目し、幸せな家族の姿をビジュアライズすることで、「あなたはどう感じるだろうか?」と、世に問いかけた作品。
自身も大のSFファンで、特にこれからは「ジェンダーSF」に着目したい、と話す長谷川さん。「科学技術の発展によって、今私たちが認識しているジェンダーすらも変わりうる可能性を秘めています。男性と女性という区分けは複雑で、遺伝的な分岐やホルモンの値が変わると外見や声も変わります。そうした雑なレイヤーの上に立っている現状を踏まえて、従来のジェンダー観を更新するようなSFが見てみたい」と、LGBTQや多様性を考えるにあたって、テクノロジーの面から紐解くきっかけを与えてくれました。
週刊アスキーの編集長を20年務め、コンピュータの黎明期から全盛期までを最前線で見つめてきた福岡 俊弘さん。現在、デジタルハリウッド大学で教鞭を執りエンタテインメント全般に造詣の深い福岡さんが今回テーマに選んだのは、なんと童話・浦島太郎について。
「みんな知っている浦島太郎、よくよく考えるとツッコミポイントだらけだと思いませんか?」と問いかける福岡さん。挙げた謎ポイントを見ると、確かに……と会場のあちこちからうなずきが。
・助けた亀は小さかったのに、いつ浦島太郎を乗せられるほど大きくなったのか?
・海中にある竜宮城、たどり着くまでに人は死ぬのでは?
・玉手箱という、絶対開けてはいけないという迷惑すぎるプレゼントの意味とは?
よく知られている浦島太郎は、昭和時代に入ってから巌谷小波(いわやさざなみ)という児童文学者が再構成したもの。もともとは浦島子伝説が原話であり、室町時代の御伽草子にて話の型が定まったとされています。浦島太郎ももともとの題材をアレンジしたストーリーであり、既存の作品を違う視点から見ることで生まれた物語だったのです。
また同様の別事例として『忠臣蔵』もあてはまります。17世紀の仇討ち事件をもとに三好松洛や並木宗輔らが創作した仮名手本忠臣蔵(1748年)があり、これが当時人形浄瑠璃でも歌舞伎でも大当たり。その後『東海道四谷怪談』、『仮名手本忠臣蔵』などの外伝が生まれ、真山青果の連作『元禄忠臣蔵』では討ち入り後の心情をメインに描くスピンオフ作品なども生まれました。
『浦島太郎』『忠臣蔵』というマザーを中心に、多くの作品が書かれてきた例から、昔から知っているストーリーを再度見直すことでまた新しい発見があることを教えてくれました。
最後を飾るのは、さまざまなテクノロジースタートアップを社会に送り出す株式会社ホオバル取締役、株式会社Holoeyes取締役兼CSOの新城 健一さん。かつては漫画家になりたかったという新城さんは、過去に何冊ものゲームガイドブックや設定資料集、SF小説などを執筆・出版されています。これまでフィクションの世界で描いてきた未来への想像力を活かして、いまは技術の社会実装をノンフィクションとして推進しているという新城さん。
そんな彼は、2015年より日経BPのICT研究所とともに、多様性爆発を生むためのコミュニティイベント『カンブリアナイト』を主宰しています。カンブリアナイトは、カンブリア大爆発によって多種多様な生命が生まれたように、今後の未来において多様な変化が次々と起こることを目指したプラットフォームです。
今回のインプットトークでは、『カンブリアナイト』に登場したいくつかのサービスを駆け足で紹介してくれました。例えばハプティクス触覚フィードバックを扱う『Re-al』は遠隔地で触ったものが同じように触覚として感覚を体感できるハードを開発しており、実際にサービスとして釣りの臨場感をどこでも再現する「Avatar Fishing」を展開しています。『カンブリアナイト』では会場と別の場所をつなぎ、こちらで操作して遠隔地のポテトチップスをつまむという体験をしたそうです。他にも数々のアイデアがありましたが、どのサービスも私たちの生活に実装したときの未来を想像させてくれるものばかり。ぜひ一度公式サイトをチェックしてみてください。
「テクノロジーをどう使うかから考え始めるのではなく、どんな価値観の世界が見たいのかをまず考える。その世界への想像力が未来をつくる」と語ってくれた新城さん。マンガミライハッカソンという場にも大きな期待を寄せてくれました。
さまざまな切り口で知的好奇心を揺さぶり、新たな想像力を育むお話が展開されたインプットトーク。アイデアは、自分の感情や気になったことと、新たなインプット、そしていまの社会や世界をどう観察するかという化学反応により生まれるもの。膨大なインプットを授かった参加者は、どのようなアイデアをマンガに落とし込んでいったのでしょうか。アウトプットの成果はぜひ、『マンガミライハッカソン』の1ヶ月間をまとめたレポートからどうぞ。
マンガ家、研究者、編集者がタッグを組み、未来のマンガを生み出す1ヶ月。『マンガミライハッカソン』レポート
〈Text〉八木あゆみ 〈Photo〉Asato Sakamoto